【一応閲覧注意】エロ同人音声作品 2022総まとめ【オホ声元年】

*この記事は主に成人向け音声作品に関する内容を含みます。未成年の方、気持ち悪い文章に耐性の無い方、気持ち悪い文章に関心の無い方はブラウザバックをお願いします。お互いのために。
2022年はどんな年?
僕個人で言えば「耳舐め音声を聞いていないと就寝できなくなった年」でした!
治りますか?
タグとかジャンルについての厳密な統計があるわけではないので個人の所感にはなるのだが、販売数ランキングや新着作品を眺める中で明らかにムーブメントとして目に見えたのは「オホ声」の躍進である。
オホ声とは喘ぎ声・よがり声の一種である。甲高く叫ぶような嬌声とは対照的に、低く唸るような声質が特徴的なもので、ものによっては「下品な」とか「獣のような」とか形容される。ピンと来ないという人は後に紹介する作品群のサンプル音声を聞いてみよう。
高い嬌声が言わば「可愛い」喘ぎ声であるのに対し、オホ声は言ってしまえば「可愛くない」、中でも極端なものは「汚い」声であるのが特徴でありセールスポイントになっている。普段可憐だったり上品だったりする女の子が外聞なくよがる様のギャップに萌えたり、あるいは伝統的な高い喘ぎ声が演技的で食傷気味に感じるときにしっくり来たりするかもしれない。
今や一大コンテンツとなった「オホ声」であるが、数年前までは見る影すらない非常にニッチなものだった。この流行はかなり唐突に訪れ、あっという間に業界を吞み込んでいった。
DLsiteの成人向け同人フロアにて、音声作品に絞り「オホ声」をキーワード検索すると、今日(2022年12月31日)時点で1253作品ががヒットする。それらを販売開始の年ごとに整理すると以下のようになる。
2016年...1作品
2017年...1作品
2018年...2作品
2019年...15作品
2020年...46作品
2021年...62作品
2022年...1047作品
2022年...1047作品
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何かがおかしい。前年比で約16.9倍、過去の全作品のうち約83.6%が2022年販売開始である。
かつてはオホ声ではなく「オ行のアヘ声」とか言われていたり、音声以外の作品形態(エロゲとかエロ漫画とか)との文化交流もあっただろうから正確な流行の経緯を知ることはタイヘン難しい。なので考察とも呼べないような推理モドキをちょっとだけ。
DLsite史上最初の「オホ声」音声作品は、2016年販売開始の「一発やる会」というサークルのものだった。
これ以前の地球に「オホ声」があったかどうかについてはやむを得ず目を瞑るとして、DLsiteという宇宙の中に限ってはこのサークルが先駆者であることは間違いない。そして、2016年~2018年7月までに販売開始された3作品すべてが「一発やる会」のものだった。
2018年後半から、非常に緩やかにではあるがオホ声作品が増加傾向を見せていく。作品数が増えれば他のクリエイターの目に入る機会も増えるだろうから、上昇幅自体も大きくなっていくのもある意味当たり前である。
しかしそれにしても2022年は異質である。ケタが違う。
2022年のトレンドの鍵は2021年以前にあるに違いない。謎を探るべくとりあえずアマゾンの奥地へと向かった。
2020年後半~2021年販売開始のオホ声関連作品を眺めると、「2022年時点でオホ声作品を多く出すサークル」の「そのサークルで初のオホ声作品」が多いことに気づいた。
また、オホ声が多いサークルではないが、あの大型サークル「テグラユウキ」も初のオホ声作品を出していた。
厳密な調査ができていないのでなんとなくの予想というか「こうなんじゃないかな~」ぐらいの妄想になるけれど、僕が考えるオホ声大爆発の経緯はこんな感じだ
ごく少数のサークルがオホ声作品を細々と出していた
↓
少しずつ人の目に増える機会が増え、作品数も緩やかに増加を始める
↓
既存のサークルがサークル初のオホ声作品を出し、以降も継続して出し続けるケースが散見される
↓
有名サークルもオホ声作品を出す
↓
作品増加と新規参入のループに入る
↓
あっ来る...やっべこれダメ...んごぉっ♡おほっ、んごぁっ♡うぁぁぁぁっっっ♡♡イグイグイグイグイグイグイグイグのぉぉぉっっ♡♡♡(シンギュラリティ)
こんな感じだ。たぶん。
そんな2022年、珠玉のオホ声作品たち
もちろん全部は買ってないし、買ったの全部紹介してもなんだか仕方がない(一昨年の反省)ので特におすすめなものを挙げます。
全肯定とか男性受けとかのあまあま幸せミッドフィルダーから突如としてオホ声エースストライカーに転向したサークル、ろんりーわん。オホ声が多いサークルの中では、比較的マイルドな風味。「甘オホ」とも。
本作品はだらしない実姉とだらしなくベタベタする「だらハメ。」シリーズの3作目。1作目がだらだら特化で終始割とスローセックス寄りだったのに対し、2作目からは若干激しくなってオホ声も全面に出してきた感じ。3作目ということで時系列的には最新ですが1作目以前の回想もあったり。
三部作全部おすすめですが、別に順番気にしなくても十全に楽しめるのでシチュエーションとか気に入ったものからどうぞ。
クールな執事さんにお世話してもらったりお仕置きしたりするお話。普段は冷静沈着な低音ボイスが耐え兼ねたときのギャップが素晴らしい。しかしギャップだけでなく、平常時に超低音で耳元で囁かれるのも超強力。
ソフトからハードまで様々なプレイが完備。全部おいしく頂けるかは人によりますが、どなたでも気に入る部分は必ずあると思います。
この作品は設定が秀逸で、「良家の上品なお嬢様が、主人公(許嫁)の淫語好きを知り、自分を好きになってもらうために下品な言葉や喘ぎ声を連発するようになる」というものです。文学。
喜んで貰うために淫語を駆使してぐいぐい押すのですが、根っこはマゾなのでそういったところのギャップも良い。ヒロインの性格が健気で賢者モードでも微笑ましいと思えるかも。
あと何が怖いってここまでの三作品の声優がぜんぶ柚木つばめさんであるということ。彼女はすごいですね。キャラによって声がガラッと変わるし火力も安定して高いのでイチオシです。
こちらは可憐さとオホ声(&淫語)のギャップですかね。いちゃらぶ系の作品は星の数ほどあれど、本作品はその中でもかなり濃密な仕上がりとなっております。
言葉遣いとか喘ぎとかだけでなく、プレイ内容もかなり下品度が高いです。痛いとかのハード系はないけど、人を選びはするかも。好きな人は大好きでしょ。
あとこの作品に限らないけど、ボーナストラックで耳舐めオンリーのトラックが付いてくるのは本当にアドバンテージ。耳舐めトラックだけを集めたプレイリストをランダム順でループ再生して遊ぶんじゃよ。
この「もぷもぷ実験室」も、ある日を境にオホ声狂いになったサークルのひとつ。
このサークルの特徴は、オホ声の直前に挟まれる早口。余裕を無くしていく感じが伝わり、また普段のおっとりした話し方とのギャップも生じてかなり良いものです。
対してこの「クラウンタニシ」は販売作品すべてがオホ声メインです。五分の五。
特別感のない、日常的である意味退廃的なダウナーな雰囲気が魅力的な作品。オホ声自体は割と容赦ないのに、たまにそれを恥じらうようなシーンもあったりで、オホ声オンリーながら飽きの来ない良い構成です。
2022年、オホ声以外のキラーチューン
こちらも上と同じで全部は書きません。厳選したものをどうぞ。
まあとにかく宇佐美ちゃんが可愛い。「誘い受け」ってめっちゃ好きなんですけどなんで同性愛以外であんまり見ないんでしょうか。
自分からえろいことを切り出すのが嫌で、なし崩し的にそういう状況に陥りたい願望があるようで、あえて隙を晒す言動だったり挑発してみたり、当然エロい作品なんですけどなんだかエロ抜きでもめっちゃ可愛くて非常に良い気分です。
作品販売ペースが早過ぎてなんだかよくわからないことになっている超大型60メートル級音声サークル、テグラユウキ。いくつか聞きましたが22年のイチオシはこれです。
えろいことを頼むと嫌々ながらやってくれて、いざやるとなったら満更でもない感じがあって、甘すぎず苦すぎず良い塩梅(エロ同人音声基準)です。
あと、声優・秋野かえでさんはロリとかギャルとかの明るいイメージが強いのですが、この作品ではダウナーな感じで普段と違うキャラクターが見れました。
オホ声ほどでなないけど去年ぐらいからブームを感じるのが、「当番・係」もの。学校で男子の性処理を特定の女子が担当するような内容で、聞いてる途中で「どういうこと?」と冷静になってしまうと若干耐えられないのが難点ですが、便利な設定だからか作品数は結構多いです。
設定は割と何でもよくて、この作品の魅力はヒロインとの密着感。いきなり合体するのではなくキスだけで1トラック使っていたり、以降のプレイ内容もかなり密着感をフィーチャーしており、吐息や囁きも多めに入っていてお耳がとても幸せになります。
そして先述したボーナストラックもあり。耳舐めならぬ「耳キス」。良いものです。
なんだか色々言ってプレゼンしようとしたけど、正直タイトルがすべてを語っていて書くべきことが思いつきません。
めいどはーれむ♪【総時間150分】
おわりw
メイドのハーレムに2時間半放り込まれるだけの作品です。ヒロインは3人ですがみんなキャラが立っており、また3人パートだけでなく各組合せのペアパートも完備しており至れり尽くせり。
奇をてらった飛び道具の無い、こういうベタベタな王道(王道?)がなんだかんだ良いものですね~とかなんとか。
JK耳リフレ! という作品の続編というか、スピンオフというか。キャストは違うけど、同系列のお店という設定です。
なんだかんだセリフメインが多いエロ同人音声ワールドですが、このシリーズは効果音の聞こえ方にかなりこだわってます。正しく「エッチなASMR」といった感じ。
耳舐めパートだけで5パターンぐらいあり、ここをループしているだけでも非常に楽しい気分になります。
これ聞いた日、普通に体調壊しました。タイトルの通りです。昔好きだった同級生が年上初彼氏のために僕を鬱勃起させてHの練習台にするだけの話です。
男性にしんどい思いをさせることだけに特化したド鬼畜サークル、シルトクレーテ。正直今回はいつもの比ではありませんでした。
基本設定が既にきつすぎるのはもちろん、小出しにしてくるちょっとしたセリフがいちいち魂をえぐってくる。「いつも彼氏にしてあげてる」だの「普段ゴムしてないから付けてあげるの慣れない」だの「顔近くてキスしちゃいそうだから体勢変えよ」だの。いま聞きながら書いてて非常にしんどい。
まあしんどいのはタイトルでわかってて、何ならサークルの特性も事前にわかってて、なんで敢えてお金払ってこの作品を買って聞いてしんどい思いをするのか。
しんどいのが気持ちいいからなんですよね。難儀な生き物に生まれてしまった。
もう3作品ぐらい書こうと思ったけどしんどくなったので終わります...
よいお年を...
一流料理人への道 22/11/16
今日は「缶詰と野菜の水煮」を作ります
①適当な大きさの適当な野菜を適当に鍋に入れます
②適当な缶詰を汁ごと鍋に入れます
③加熱します 汁気が少なければ水を入れます
④野菜が柔らかくなったら出来上がり
ね、簡単でしょ?
今日使うのは白菜といわしの缶詰。缶詰には「味付」とだけ書いてあって何味か書いてない。怖すぎる。
白菜は結構大きかったけど保存方法がわからないので全部使おう。缶詰は二つぐらいかな。
白菜をばらばらにして缶詰を開けて鍋に放り込みます。

流石にまずいか?
いや、経験上野菜というのは熱を通せばカサが半分以下に減るはず。煮るという工程にさえ入れれば文字通り許容範囲に収まるに違いない。
とは言え体積の8割は汁に漬かっていない状態。底の方を見ながら水を足して水量を調節する。
ぐつぐつと加熱すること5分ぐらい

ほらこの通り。ただ想定より水分が多すぎる。これだと煮るというより茹でる作業になってしまう。やはり加える水が何杯目かぐらいは数えておくべきだったか。
沸騰させて水を飛ばすことも考えたがキッチンはIH。あんまり煮立つと自然と停止するようになっている。
うーん

こうやな。
さらにぐつぐつ。麺が柔らかくなったところでストップ。

できあがり!
ちなみに美味しかったです
また次回
対戦ゲームにおける技術介入度の比重について思うこと
久々のブログ更新。前編だけ書いてほったらかしてる記事が5~6個ある気がするけどまあいいや。
対戦ゲームの勝敗を分ける変数には、「運」や「知識」の他に「技術」があるが、その比重はルールによって異なる。(考え方次第で多分他にもある。読み合いを運に含めるかとか)
じゃんけんは運の比重が大きい。「グー>チョキ>パー>グー」という相性以上の知識は必要ないし、それぞれの手を出すのも難しくない。

もしチョキを出すのがとても難しかったら、じゃんけん界はパーが強い環境になる。じゃんけんブロンズ帯とかだとチョキを出そうとしてグーが出ちゃうことも多いから、とりあえずパーを出し続ければある程度は勝てる。しかしチョキを安定して出せる相手には勝てないから、シルバー帯に上がることはできない。
雑な例だから破綻はしてるけど、こうなるとじゃんけんの技術介入度は今よりも高いと言える。
ではここで、グーチョキパーに続く第4の手を考える。名前は本当に何でもいいので「ャヌヱペ」とする。

ャヌヱペは非常に出すのが難しい。じゃんけんのプロチームに所属している選手でもャヌヱペの成功率は50%行けば良い方だ。器用で知られるあのsakoさんでさえ10回に1回は失敗してチョキになる。
出すのが難しい代わりにャヌヱペはとても強力な手だ。グー・チョキ・パーの全ての手に勝ち、さらにャヌヱペで相手のLPを0にした場合マッチに勝利する。
ゴールド帯まではャヌヱペを見る機会はほとんど無い。つまりャヌヱペさえたまに出せればじゃんけんプラチナ帯まではノンストップで駆け上がれると言える。そしてプラチナ帯からも、勝敗はャヌヱペの成功率が握る。ャヌヱペを出したプレイヤーが勝ち、失敗すると負ける。
これだと流石に対戦ゲームの実態からかけ離れ過ぎているので、少しだけマイルドにする。じゃんけんにはャヌヱペの他に20種の手があり、ャヌヱペはそのうち12種に勝ち、6種と引き分け、2種に負ける。
ャヌヱペを出すのが絶対の正解ではなくなったが、それでも強力な手であることには間違いない。ャヌヱペを出せる人は、出せない人に比べて圧倒的に有利である。
技術が高いプレイヤーが勝ちやすいので技術介入度は高いと言える。けれどこのじゃんけんを面白いと思う人はあんまりいないんじゃないかと思う。理由は色々あるだろうけど、僕は「相手がャヌヱペを出せるかどうかに自分が関与できないから」だと思う。

(カズヤについてちょっと書きますけど、僕がカズヤを使ってないので間違いがあったらすみません。ご一報ください)
スマブラspにて。カズヤの最風は出すのが難しい。難しいけどその分強力で、即死コンボみたいなものも多分ある。つまり技術介入度は高い。
今カズヤが最強キャラなのかどうかは知らないけど、個人的にはカズヤと戦っていてあまり楽しくない。カズヤが強いからではなく、カズヤが最風を出せるか否かに自分が関与できないからである。ずらしとか頑張ったら抜けれたりするんですか?よく知らない。
一方で、最近の対戦格闘ゲームでは、技術介入度は下げられているように感じる。

「スマブラ」「ギルティギア」「ストリートファイター」などの最新作では、ボタンを少し早く押しても攻撃が出る(先行入力が効く)し、過去作にあった複雑なテクニックやシステムが撤廃や変更されている場合もある。初心者の参入を見据えた調整だろう。
僕も格ゲー畑では初心者側の人間なので、個人的には、こういった調整は好きである。少し練習すれば一通りの技は出せるようになり、簡単なコンボを覚えれば対戦の土俵に立てる。負けても「こうするべきだった」と短いスパンで自省し成長できるのが大事な要素だと思う。
技術介入度の話は多分ここが焦点になる。「パーを出していれば勝てた」なら良いけど「ャヌヱペを出していれば勝てた」は困る。出したいのに出せないから。やりたいことができないのはストレスである。
もちろん、昨今の格ゲーにも難しいテクニックはある。それらを練習して会得したときの喜びもひとしおである。しかし、難しい行動が強すぎると、勝敗の技術介入度が高くなりすぎる。というよりは、技術の介入の仕方が直接的になりすぎる。と思う。
この記事にオチはまだない。僕も答えがわからない。高い技術に報酬があるのは当然である。しかし勝敗が「相手が失敗するか否か」に依存するのは非常につまらない。かといって技術介入度を排除すると知識ゲーや運ゲーになる。それも面白くない。
皆さんの考えをお聞かせください。駆け足でしたが読んでくれてありがとうございました。
【shadowverse】環境考察・天象の楽土【EOP】

「十天覚醒/ETA」と入れ替わりで3月末に登場した新パック「天象の楽土/EOP」。
「ガンダゴウザ」「ラスティナ」「サラーサ」などの十天衆を始めとするパワーカードが数多くスタン落ちし、既存のアーキタイプは軒並み崩壊。必然的に、強力な新カードと相性の良いクラス・デッキが環境を形成することとなった。
事前情報の段階で特に注目を集めたのがこのカード。

サタナエル
ニュートラル・レジェンド・フォロワー コスト6 6/6(8/8)
ファンファーレ 自分の手札すべてを消滅させる。アポカリプスカード かコキュートスカード の中から、ランダムに6種類を1枚ずつ、手札に加える。
「氷獄の王・サタン」に続く2回目のサタンリメイク。従来と違ってデッキを入れ替えるのではなく直接手札に加えるため、プレイした次のターンから広く動けるのがポイント。「サタナエル」さえプレイできるならハンドリソースが枯渇する心配が不要で、また手札を消滅させるので逆に加えるカードが溢れる恐れもない。
プレイが勝利に直結する一方で、6というコストは決して軽くない。予想通り、リリース後はこの「サタナエル」を最もうまく使えるクラスが環境を席巻していった。つまりはドラゴンである。
リリース直後数日のランクマッチでは、安定感重視のオーソドックスな「サタナエルドラゴン」と、より攻撃性に長ける「サタナエル3積みハイランダードラゴン」の2強デッキが猛威を振るった。
ドラゴンの躍進には「スーロン」の影響もかなり大きい。

独尊龍・スーロン
ドラゴン・レジェンド・フォロワー コスト4 3/4(5/6)
ファンファーレ 自分のリーダーを3回復。覚醒状態なら、波濤の暴圧1枚を手札に加える。
進化時 自分のPP最大値を+1する。

波濤の暴圧
ドラゴン・レジェンド・スペル(トークン) コスト1
ランダムな相手フォロワー1体に5ダメージ。
自分の独尊龍・スーロンすべてはEPを消費せず進化できるを持つ。(1ターンに1体しか進化できない制限はある)
回復、PPブースト、盤面処理、無料進化を1枚でこなすハイスペックカード。後攻4ターン目で進化すれば次のターンでサタナエルに繋がる動きが特に強力。また回復には覚醒状態や進化権を必要としないので、対アグロの序盤や、「貪欲なスコーピオン」「欲望を纏う者」を引けなかった場合の長期戦でも体力を維持できるのが頼もしい。
「スーロン」の追加は前期において活躍していた「バーンドラゴン」「バフドラゴン」にも追い風ではあった。しかし、前者はサタナエルの効果によって手札の「黒龍の呪い」が消滅する点、後者はデッキをバフしてもアポカリプスカード/コキュートスカードの体力が増えない点が問題。両者ともサタナエルとの噛み合いが悪く、環境から姿を消していった。
*一応、「竜殺しの槍」+「アスタロトの宣告」によるワンキルコンボは存在するので、サタナエルドラゴンへのローウェンの採用は少なからず見られる。
「サタナエル」という強力なニュートラルカードによってドラゴンが環境を牽引する一方で、ドラゴンというクラスに与えられたデザイナーズデッキが通称「温泉ドラゴン」。

秘湯の山脈竜
ドラゴン・レジェンド・フォロワー コスト6 5/5(7/7)
突進
これの攻撃力か体力を能力で+したとき、カードを1枚引く。
ファンファーレ 竜山温泉1つを出す。

竜山温泉
ドラゴン・レジェンド・アミュレット(トークン) コスト5
カウントダウン 10
能力によって破壊されない。(カウントダウン によっては破壊される)
自分の場にフォロワーが出るたび、このカウントダウン を1進める。
自分のターン終了時、自分のフォロワーすべてを+1/+1する。このカウントダウン が5以下なら、+1/+1ではなく+2/+2する。
ラストワード 相手のリーダーと相手のフォロワーすべてに5ダメージ。
トークンアミュレットと関連カードによって盤面を強化しつつ、ラストワードで5点を顔含む全体に飛ばす。立ち上がりは遅いものの、強化された盤面は処理が追いつかずにそのまま勝ってしまうこともしばしば。温泉のイメージに反して回復効果はないが「スーロン」があるのでさほど問題ではない。
強力なデッキではあるが、6コスト帯でサタナエルと被るのが最大の問題。また「サタナエル」によって加わるカードでは横に広く展開することが難しいため、盤面バフとの相性もイマイチ。
駆け足ではあったが、現時点での環境考察はこんなところで。
一応のティアリストはこちら。
S:サタナエルドラゴン、ハイランダードラゴン
A:温泉ドラゴン
B:バーンドラゴン、バフドラゴン
C:上記以外
サタナエルがスタン落ちするまではSティアは固定かもしれない。アディショナルカードとサタナエルとの相性が気になるところ。
それでは、良きシャドバライフを。
【『竜とそばかすの姫』感想】「もうひとりの自分」によって変わる世界、変わらない世界
面白い映画でした。『サマーウォーズ』を観るつもりで行ったら良くも悪くも期待を裏切られた。賛否両論あるのもまあ納得って感じで、確かに突っ込みどころもいくつかあって100点満点はつけられないけど、いろいろ考えさせられる作品でした。迷ってる人はせっかくだから観てほしい。僕は作品を勧めるのに責任を持たないタイプのオタクです。



でっかい手が性癖!!!!
以下、ネタバレなどを少しずつ含みます。
あんまり量ないです。
冒頭、超巨大SNS「U」の説明シーンの最後に「世界を変えよう」というメッセージがある(少し言葉が違ったらごめんなさい)。また、映画の最後にも全く同じセリフが流れる。
「世界を変えよう」
この映画のテーマが何か、と考えたら多分これになる。二回も言ってるし。
主人公の鈴は音楽が大好きな子供だったが、幼少期に事故で母を失って以来、そのショックで歌を歌えなくなってしまう。
しかし「U」の世界で「ベル」というもうひとつの自分を手に入れてからは、仮想世界で歌姫として世界的な活躍を見せる。
ベルとして活動するようになってからも現実世界で歌うことは避けていたが、一人でいるときなんかは自然と歌えるようになったりもした。
で紆余曲折あって、映画のクライマックスで、ベルではなく鈴の姿で世界中の人に歌を披露する。これでいろいろ吹っ切れて、現実世界でも楽しく歌を歌えるようになりましたとさ。
めでたしめでたし。
全部省略したけど、鈴の変化だけを通して見ると大体こんな感じである。
これを踏まえると「世界を変えよう」というのは「革命を起こそう」とか「#Twitter一揆2021」とかそういうことではなく、「世界の見方を変えよう」みたいなニュアンスだと考えられる。
仮想世界の「もうひとりの自分」といっても、その中身は変わらず自分である。
私(鈴)は歌が好きだけど歌えない
→私(ベル)は鈴じゃないから歌える
→けどベルも鈴も私なんよね
死ぬほど噛み砕いたらこんな映画である。もうひとりの自分を纏うというのは、人間関係とか外見とかから切り離された純粋な自分の内面を確認することであり、その辺をうまい具合にシャカパチして現実に折り合いをつけて新しい視点から世界を見れるようになる=世界を変える、である。と思う。
鈴は見事世界を変えることに成功しました。
で、この映画における個人的一番の問題点について。
竜(ケイ)の話。
ケイも鈴のように幼少期に母親を亡くし、弟と父親と3人暮らしだったが、弟ともども父親から虐待を受けていました。
ケイは弟を元気づけるために「U」の世界で竜として暴れまわってヒーローを演じました。
めでたしめでたし、にならない。
暴れる竜の行動原理がよくわからん、という感想を見たけど、それもそのはずで、どれだけ暴れまわっても現実の虐待問題は当然解決しないのである。
映画の最後ではチートじみた特定作業と鈴の猛ダッシュによって兄弟は一旦は助けられたように見える。ここでケイが「諦めてたけど現実と戦うよ」みたいなことを言う。
鈴(ベル)とケイ(竜)の交流を通して、お互いが現実と向き合うことができた、みたいな構図になって映画が終わる。
けど、正直鈴のケースと違って、ケイが抱えている問題は「世界の見方」とかそういう次元じゃない気がする。外部からの介入が、大人の力が必要だろう。
ケイの父親を鈴がメンチ切って追い返し、ケイ君が「戦うよ」と言って後、兄弟がどなったかは語られない。
で、映画が終わる。最後にメッセージ。
「世界を変えよう」
いや変わってないんよ。
みたいな感じで、死ぬほどモヤモヤして終わりました。
『サマーウォーズ』が「屋根の下の小さな空間の出来事で世界規模の事件を解決する」という構図だったのに対し『そばかす』は「世界規模のアクション(ベルのライブ)で世界のどこかのたった一人を助ける」という、真逆の構図になっていたのは面白かった。ほかの細田作品を見てないけど多分比べたらいろいろあると思う。
あと曲めっちゃよかった。
以上。
【シンエヴァ雑記】「冬月! 人類を補完するわよ!」「やれやれ......」

そう! ゲンドウはハルヒなのだ!
おわり!!w
終わりはしないけど、でも本当にゲンドウはハルヒなのである。
以下、エヴァとかハルヒとかの内容に触れたりネタバレたりします。
意味を調べるたびによくわからなくなる「セカイ系」というむつかしい言葉がありまして、前島賢って人いわく
「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」
だそうです。
初めて「セカイ系」なる言葉が使われたのがいつで、何に対してなのかはわからないけど、少なくとも「セカイ系」に分類される作品群は『エヴァンゲリオン』の影響を色濃く受けているとされる。
そして『エヴァ』を「セカイ系」に分類することも多分そんなに間違ってはいないだろう。物語の終盤などでは主人公のシンジの行動や選択、周囲の人物との交流がセカイ規模の事象にまで波及する。
話は飛んで『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズである。
ヒロインのハルヒは望み通りに世界の法則を書き換えるような強大な力を持っているが、それを自覚してはいない。主人公たちはハルヒの行動力に振り回されながら、彼女の起こす超常現象の対応や後始末に奔走する。
.......『ハルヒ』ってこんな話だっけ? 書いててわからなくなってきたけど大体こんな感じで、まあかなりわかりやすくセカイ系だと言える。セカイ系の特徴というか仕組みを極限まで簡略化したものがハルヒというキャラクターの設定なのかも知れない。
『ハルヒ』シリーズの主人公というか語り部はキョンなのだが、物語を動かす中心人物は間違いなくハルヒだろう。定義の話をしても仕方がないが、ハルヒを主人公とする見方もあっていいと思う。
じゃあ『エヴァ』の主人公って誰だ?
物語は基本的に碇シンジの周囲で進行するし、エヴァに乗って戦うのもシンジだし、槍でやりなおそうとしてやらかすのもシンジだし、世間一般では主人公がシンジとされているし、これらを踏まえればまあシンジが主人公だと思う。
けど作品を通して、シンジは物語を牽引するパワーを持っている感じではない。むしろ巻き込まれ系というか、かなり象徴的に「大人の都合に振り回される子供」として表現されているように思える。
じゃあ振り回してるのは誰だ?
そりゃあもう碇ゲンドウよ。
ここまでは思い付きで書いたんだけど、ゲンドウとハルヒを比較してみると結構おもしろい。と思う。
まずは共通項から。
・自分の欲望に忠実
ハルヒは「面白いことが好き!」という理念に基づいて様々なことに手を出すし、飽きたらすぐに放り出す。
ゲンドウは「ユイと再会する」という目的のためならどんな犠牲も厭わない。息子のシンジさえ駒として利用していた(と思う。違うかも。この辺エヴァが浅いのがばれそう)。
ベクトルは違えど二人ともまあクッソ迷惑で、大雑把なレベルでの性格というのは結構似てるんじゃなかろうか。
・大きな力を持っている
ハルヒは自覚こそしていないが、望みどおりに世界を改変する能力を持っている。
一方のゲンドウは超人的な能力を有しているわけではないが、特務機関ネルフの司令で、汎用人型決戦兵器3台ぐらいを好き勝手に出来るし、謎組織ゼーレともパイプを持っていてなんかいろいろ悪さしてそう。
つまりゲンドウは、ファンタジックな女子高生であるハルヒに対して、金とか地位とかコネクションとか、めちゃくちゃリアリスティックな「力」を持っている大人などである。なんならそのコネでファンタジックな槍やら巨人やらにもアクセスできる。
・なんか横のやつが一生「やれやれ」言い続ける
ハルヒの隣のキョン。ゲンドウの隣の冬月。どちらも一種の諦念のようなものが見えながら、ハルヒ/ゲンドウのそばに居続ける。ここは後でもうちょっと言及します。
次にふたりの違い。
・力への自覚
これが一番でかいと思うし、なんならそのままこの記事の結論になる。逆に言えばふたりの違いってこれぐらいじゃないか?
もしハルヒが自分の能力を自覚したとして、どう振舞うことになるのかはわからない。宇宙人未来人超能力者その他が跋扈するワンダーランドを創造するのかもしれないし、一通りめちゃくちゃにして満足したら元に戻すのかもしれない。もしかしたら自覚した上で能力を使おうとしないのかもしれない。
もしハルヒが面白半分で世界をぐちゃぐちゃにしようとしたら、まあ隣にいるキョンがそれを止めようとすると思う。原作のどっかでも、キョンがハルヒを現実に引き留める楔、みたいな話があった気がする。少しぐらい言葉が違うかも。万が一まったくの勘違いだったらまじでごめんなさい。読んだの何年前だ。
けど、仮に能力を自覚したハルヒが面白半分でなく、本気で何か大きな改変を実現したいと思ったとしたら、キョンはどうするだろうか。いつものようにたしなめるかもしれないが、キョンは決してハルヒを軽視したりないがしろにしたりしているわけではない。ハルヒが真剣で、かつ助けを必要としているなら、キョンは協力するんじゃなかろうか。
というわけで、この記事の結論としては、
ということでした。なんか頭の中でこねくり回してる段階ではもうちょっとまとまってた気がするけどもう書くこと思い出せない。何かあれば追記するかもしれないししないかもしれない。
感想でも批判でも意見でも誹謗中傷でもプロポーズでもなんでもコメント待ってます。
『映画大好きポンポさん』にぶん殴られて大怪我した話

観てきました。素晴らしい映画でした。
構成も音響も美術も最高!
何千字もかけて出来の良いところを褒めまくるのもいいけど、たぶんほかの人がやってくれてるし、どうせ月並みの言葉しか出てこないのでほどほどに。
以下、一応ネタバレ注意
この映画には二つの大きな人物対比があった。と思う。
ひとつは、映画しかないジーン(主人公)と、音楽しかない「帝王」(作中作の主人公)(名前忘れた)との対比。
もうひとつは、ジーンとその学友のアランとの対比。
前者はこの映画の心臓でありオチであり観客へのメッセージである。作品内で語られている以上のことは語れないしそれで十分だと思う。
ので後者について思ったことを述べる。
ジーンは少年時代から重度の映画オタクで、友達も少なく、やや卑屈で根暗な気質だが、映画を監督する機会を得て、情熱を作品にぶつけて成功を収めた。
アランは学校では女の子を連れて歩くようないわゆる「スクールカースト上位」に位置し、卒業後も銀行に就職するエリートコースに進んだが、仕事ではうまく行かず退職も考えるようになる。しかしジーンとの再会によって銀行マンの本懐に気付き、進退を賭けた大博打を打ってジーンの映画への融資を取り付けた。
最も重要なことだが、この対比はいわゆる「アリとキリギリス」ではない。
アランは別にサボったり楽をしたりしていたわけではない。学業ではおそらく映画バカのジーンよりも熱心だったと思う(想像だけど)し、銀行への就職は底知れぬ努力の賜物に違いない。
アラン自身も「うまくやってきた」自負はあったようだし、実際、客観的に見てアランは「成功している」人物といえる。
それなのになぜ(ジーンと再開する前の)アランが満たされていないのかというと、彼自身の言葉を借りるなら学業も仕事も「こなすだけ」だったからだ。
仕事とか、自分の行いが「何のため」なのか。これはアランに欠けていたものだし、ジーンも編集作業を通して気づいたものだった。(「帝王」も、少女との交流を通してこれを思い出した。だとしたら三角形の対比とも見られる)
短い言葉にするなら「やりがい」とかになるか。安っぽいけど。
アランは(たぶん)学生時代からエリートコースに進むビジョンを持っており、実際に銀行に就職できたが「やりがい」を持たない「こなすだけ」の仕事ではうまく行かず、満たされない日々を送っていた。
一方のジーンは将来についての具体的なビジョンもないまま映画撮影のアシスタントをしていたが、映画に対する情熱だけは一貫しており、それを出力する機会を得たときにはすべてを出し切って作品を完成させた。
じゃあ僕は?
僕は漫画が好きだ。
小学校低学年では自由帳に漫画を描いてクラスメイトに貸し出していた。
将来は漫画家になりたかった。
ここ十年絵なんて描いてないけど。
僕はゲームが好きだ。
中1ぐらいのときにプログラミングを勉強し始めた。
将来はゲームクリエイターになりたかった。
今は大学のプログラミングの課題を嫌々こなしてるけど。
僕は小説が好きだ。
高校では文芸部に所属して小説を書いていた。
将来は小説家になりたかった。
大学に入ってから一文字も書いてないけど。
趣味は多い。けどそのどれに対してもジーンのような情熱は持っていない。ゲームやら漫画やらを「消費」するだけの日々。なんならその「消費」も「こなすだけ」かもしれない。
ジーンのような情熱もなく、アランのような努力もしてない。
この映画は文句なしの傑作だし感動もした。しかしそれ以上に自省による痛みが強すぎた。
痛い。
恥ずかしい。
何も出来なくてごめんなさい。